聖書が示す「神」Hatena?

日本に聖書的超絶神観を! 基督教の「(三一)神」と聖書が示す「(唯一)神」とは同一に非ず。命より重きものは聖書的・生得的対神関係なり。この関係に有らざる者が神義論的問い、即ち神の全能と災難との矛盾を論じたところで不毛なり!「縁なき衆生は度し難し」・・・「対神関係なき者は救われ難し」。

必要は信仰の母?

「必要は発明の母」と云われますが、聖書的神信仰においても人間の「必要」は活用されます。「神」が人間の欲求を用いて啓示をなさるという点で、人間が必要としたつもりが、実は聖霊の導きであったという「転回」が宗教的特徴です。これがなければ人間が都合に合わせて「神」と名付けた偶像を作るにすぎません。宗教とミステリーにはどんでん返しが不可欠なのです。

ところで一時、日本の怪僧ラスプーチンとの異名を与えられた佐藤優氏は、竹内久美子という理学者との『佐藤優さん、神は本当に存在するのですか?』(文藝春秋)という対談本で以下のことを述べています。

「組織神学というのは、森羅万象は説明できるんだけども、限定は当然ある。あくまで人間の知恵の範囲の中で、ということなんですよ。中世スコラ学においては、人間の限られた知恵で能力的に限界のないものを説明することはできないのです。だけど、そこであきらめてはいけなくて、さらに不可能の可能性に挑んでいく。まず文献学とか歴史学とか、論理で説明できることは説明し、次はそこから推定できることを推定し、さらに難しいところは作業仮説を立てるのです。作業仮説も立てられないとなると、これは立場設定になってしまう。立場設定とは、ヘーゲル的に言うなら差異の問題、趣味の問題になってくるので、これは強要できない。そうなると説明不能となって、直感とか、外部性とか、超越性という言葉が出てくる。だいたいこういう仕分けになるわけです。」(p98~99)、「やっぱり立場設定の問題になってくると思う。宗教が必要だ、神が必要だと考える人と、そうした幻想抜きに世の中を見ろという人とに分かれるのでしょう。」(p135)

新約聖書学者の田川建三氏は、「神なんぞ存在しないと言い切る方がクリスチャンらしいじゃないですか。」云々と述べていますが(田川建三ほか著『はじめて読む聖書』〔新潮新書〕p107)、そのロジックを私なりに要約すると、大体、次の三段論法で表わされると思います。

(1)「旧約聖書では神の像を刻んで礼拝してはならないと言われている。」→ (2)「神を考えることは自分で神の像を刻むことだ。」→ (3)「聖書の教えを信じるなら神を考える必要はない。」……私見では(1)から(2)があまりに飛躍し過ぎているし、(2)から(3)はあまりに短絡的過ぎます。なぜなら、我々一般信者は自分勝手に「神」を想像しているわけではなく、「聖書(のみ)」という(宗教改革の形式原理と言われるが自分にとっては)規制原理に基づいているからです。

すなわち、聖書を通して「神の啓示」というものを聖霊によって認識し、その認識の範囲内で「神」について思考しているのであり、啓示を超えた事柄については「聖なる無知を告白」(~ヨハネス・G・ヴォス著、玉木鎮訳『ウェストミンスター大教理問答書講解 上巻』)するのです。

ですから一般信者が聖書から示された「神」について考えたり語ったりすることを偶像崇拝に直結させるのは浅慮としか思えないので、「神とはそれぞれの人間が勝手にでっちあげるイメージです。それだったらむしろ、神なんぞ存在しないと言い切る方がクリスチャンらしいじゃないですか。」(田川氏前掲書p107)などという屁理屈には全く同意できません。

この人も自慢げに子どもの時から姉に連れられて教会に通った旨を述べていますが、教会通いと信仰の有無も直結しません。問題はその人が対神関係を生得的に与えられているか否かであり、否の人はいくら教会に通ったところで信仰は与えられていないのです。

但し、客観的には凶悪犯罪者であれ誰であれ、対神関係を得ていないとは断定できないわけで、田川氏の場合は表面的には誰が見ても不信仰的ではあるが、一部、神に対する感謝のような表現があるにはあります。

一方では「神は存在しない」などと公言していながら、一方ではそういうものも出してくる・・・だからこそ無責任で不誠実な人、いくら博士かなんかの学位を自慢したところで人格的には決して尊敬に値しない人物であるとの感が私の中でますます深まりました。

そもそも自分の著書に先輩である荒井献氏や八木誠一氏への悪口を書いているのを見るだけで、田川氏の人間性について一定の印象を持ったのであり、それは多くの読者が共感することでしょう。逆に田川氏から盗用しているかのようなことまで言われても冷静な対応をなさってこられた荒井氏の人格の方が尊敬に値します。八木氏も荒井氏と同様、一介の読者の問いにも誠実に返答して下さり、私は深く尊敬してきました。

とにかく普通、対神関係にある人々は口が裂けても「神は存在しない」などと公言することは恐れ多くてできません。「神」の存在を否定することは「神」を冒涜することを意味するからです。実際には、「神は存在しないと考えているキリスト教徒」など成り立たないでしょう。世間の未だ信仰の恵みに与っていない人々にも、そういう「キリスト教徒」なんて意味不明で認知されず通用しません。このような人が新約聖書を全訳したからって、一体どんな人が何のために読むのでしょうか?いっそのこと『「神は存在しないと考えているキリスト教徒」のための聖書』とでも題して売り出したらどうでしょう(笑)

・・・ということで、田川氏については読者は推して知るべしです。但し、下記の「おまけ」に限っては共感する部分はあります。

「おまけにかつて地上に生きていたイエスと結びつけなきゃならない。それは無理です。しかし彼らはそこをつなげて、イエス・キリストは神である。神の子であるなら、キリストも神だ。しかしそうすると神様が二人になってしまって困るから、屁理屈を弄して、三位一体ということにしよう・・・。そうなると出発点の、なぜ自分たちが神を考える必要があったのか、というところが消しとんでしまう。」(前掲書p109)

前述のとおり「屁理屈」は田川氏自身にも言えることですが、それに輪をかけるくらいひどいのがキリスト教会の「三位一体」に象徴されるドグマだというわけです。

さてここでは「必要」という言葉が出ています。神学的営みは、自分たちの存在根拠への問いから始まっているということです。その存在根拠、我々を世界内存在として生かしている本源者を言い表す必要から「神」観念が生まれたということでしょう。しかし「神」を語るのは神話を世界観としていた昔のことであって現代ではその必要はない・・・人類が、自分たちを取り囲んでいる自然こそ自分たちを生かしているものだと気づいた以上は、「ここからまた神に行くかどうかは、もはやどうでもいい。行く必要なぞありません。」(同上)というわけです。「神」との関係を「必要」なしとした時点で、その人が存在根拠とするものは偶像化するのです。十戒が禁じている偶像崇拝というのは、対神関係の必要性の否定なのです。人間は弱いものであり、何かに依拠せずして生きることはできません。ですから創造主なる「神」の実在を否定したら、富や名誉(…田川氏の場合は学位?)など「神」以外に何らかの絶対的権威を必要とするのです。それが偶像です。「必要は信仰の母」とは斯様な意味で言えると思うのです。

そしてここで私が問題に感じることは、「神」観念を軽視することによってキリスト教がますます「イエス・キリスト」中心主義的傾向を強めるということです。

ついでにこの田川氏の「マカリオイ・ホイ・プトーコイ」(幸いなるかな、貧しき者)の解釈ですが、並行箇所であるマタイの「心の」を付けた「貧しい者」は頭から否定的に処理されているのはどうかと思うのです。マルコ偏重と言われてもおかしくない。もっと言えば「霊の次元」の無視です。我々の生の現実は「肉」と「霊」との(二元論ではなく)二重性においてある、というのが聖書的現実認識だと思うので、これでは田川氏は新約聖書学者を名乗るのはどうかなと思います。そのイエス観は「逆説的反抗者」というわけですが、「逆説(的)」というのも便利な論理で、時には悪用されることもあるわけで、田川氏の場合すべてがそうだとは思いません、後述の「愛敵の教え」などは誰が考えたって現実には逆説的にしか解し得ないことであり、田川氏はそれを正直に発言しているからです。わかっていても正直に言えない人の方が聖書学者と称する人々には多いでしょう。ただ、聖書学者であるなら、この「幸いなるかな、貧しき者」の教えに関してはマタイがあえて「トゥー・プニューマティ」(「心の」と訳すより「霊において」)を付け加えた意義も認めるべきだと思うのです。これを否定したのでは「霊の次元」を信じていないということになります。ここで「心の」と付いた貧しさは、「君は心が貧しい人だね」と悪く言う場合の意味で言われているわけではないのに、それを教会の説教でも同様に解説されているのは「霊において」と訳さないことによる誤解でしょう。マタイの言い方なら逆説ではなく、そのまま受け取ることができます。但し、あくまで「霊」的にです。「霊において」貧しいとはどういう意味か?それは読み手・聴き手自らが「霊」という在り方でこそわかることです。「肉」という在り方ではなかなか気づけないことなのです。それは自分が「神」との関係なしにはこの世界に存在し得ないという原事実であり、対神関係の先行的恩寵の幸いです。イエスの言葉は、聴き手自身が霊において在るのでなければ理解できません。肉において在る人々にとっては躓きの言葉でしかないのです。

それはともかく、神学では「歴史」という概念をいい加減に都合よく使う傾向がありますが、公教育で学ぶ実証的な「歴史」においては、聖書は「非神話化」により解釈されて然りです。その結果、聖書が証しする「イエス・キリスト」は「神」でもなければ「神的存在」でもなく「ただの人」ということになります。

「神は唯一です。また、神と人との間の仲介者も唯一であって、それは人としてのキリスト・イエスです。」(第一テモテ2:5)

「キリスト(=メシア)」という称号で呼ばれたイエスという人物は、本質的には我々と何ら変わるところがない人間ですが、ユダヤ教改革者として偉大な人物でした。では彼が信仰した「神」とはHatena?

その「神」は、第三イザヤで普遍的な存在になりますが、そもそもはモーセがミディアンの地で出会った現地の部族の「神」であり、ひいてはイスラエルの民族神です。すなわち特殊な存在なのです。だから、真の「神」は、その特殊な固有名を持つ「ヤハウェ」にご自身を対象化し、さらには「イエス・キリストの父」として啓示なさった、それは絶対者なる「神」の「自己限定」です。この点については当ブログの「聖書が示す「神」に体はあるか? 」の始めの方を御覧ください。

 ※ヤハウェの「ミディアン人起源説」(=「ミディアン人仮説」)

先に聖書は、我々が「神」について考えたり語ったりする・・・つまり神学的営みをする上での規制原理だと言いました。それはそうなのですが、これを所謂「紙の教皇」のようにすることは誤りだと思います。聖書は「神」の存在や意志を知るための究極ではあるが相対的な参考資料にすぎず、これを教典として絶対的に権威付け、そこに書かれていることを文字通り歴史的事実と主張することは聖書の主旨に反します。自分は聖書をそこまで(いっさい批判できない書としての)「聖なる書」とは認めておりません。

さて、そこで我々にとって「神」とは何ぞや?ということですが、現代においては上からの啓示というだけでは済みません。むしろ人間にとって「必要とされる神」のみが「生ける神」として信仰対象になるのでしょう。

そこで旧約聖書学者の並木浩一氏の言葉を引用します。

(以下、引用)

人の顔を上げて下さる神
このように、神のみ顔がわたしたち人間に向けられるということは、神自らがわたしたちの重荷を担われることであります。この理解に立って、詩篇四二篇をもう一度読み直してみましょう。詩人は苦しみの中で、自分の魂に呼びかけました。「汝神を待ち望め、我にみ顔の助けありて」と、神を賛美しています。神のみ顔がわたしに向けられることは、わたしが助け出されることです。神の真実がわたしたちに注がれることです。
神の顔がわたしたちに向けられるときに、わたしたちはうつむいていてよいのでしょうか。この詩人のように、わたしたちも自分の顔を神に向けなければなりません。わたしたち人間は、神様によってわたしたちの顔が上げられなければ、神に自分の顔を向けることができません。わたしたちは信仰が揺さぶられるとき、うなだれてしまいます。しかし神がわたしたちの顔を上げて下さいます。そして神がわたしたちに応えて下さるのです。(p86~99)


(以下、引用)※赤色と濃色は管理人。
わたしは自分は実存的だと思っていますが、実存的であるかないかは実は決定的なことではないのです。自分は神を信ずるとか、祈るとか言っても、自分を信じていたり、自分に祈ったりしていることがあるのです。その人にとっていかなる神であるかが問題なのです。わたしにとっては、神が人格神であるかどうかが問題です。人格神は、応答する神、ということで、具体的に言ってしまえば、裁きと赦しを与えることのできる神です。(中略) 次にわたしがなぜ人格神を信ずるのか、その実存的な理由を四点述べてみたいと思います。
第一は、死の恐れの克服の問題です。死んだら宇宙の大生命に帰るのだとか、死んで自分の仕事を後世に残すんだとか、魂は不滅だとかいうのでは、わたしは死の恐れを克服できません。わたしは自分が死ぬということを、死んでから後のこと、たとえば残していく人たちのことを委ねることのできる方を必要とします
第二は、赦しと愛の完成の問題です。わたしは、他者を傷つけてしまったことへの赦しを乞うことのできる方の存在を欲します。(中略)わたしには、この罪を赦して下さる方が必要なのです。罪を赦す神、愛の神をわたしは待ち望みます。この神なしにはわたしは世を去れないと思いますし、また終末への望みもありません。
第三は、礼拝の喜びです。(中略)そのような神賛美によって、わたしたちはこの世の問題や悲しみや傷を相対化することができます。人間的関わりや重荷や罪から解放されることを共に喜ぶこと。これがわたしにとっての礼拝の意味です。慰め主であり、賛美をゆるされる方をわたしは必要とします
第四に、わたしたちが破れを繕う者となるという望みを懐きます。慰められた者は、慰める者として傷を受けている人々に向かうことができます。人は慰められた者としてしか、慰めることはできません。まず慰める者が慰めを必要とするのです。慰めを受けて力づけられるのです。そして傷を負っている人々に向かうことができます。このようなことをなされる神をわたしたちは必要とします。(p159~161)

以上のように、並木氏にとっての「人格神」とは、私見では要するに「必要とされる神=要請される神」なのです。ただしその「必要」の内容はかならずしも一般大衆向けとは言えません。「必要」とする具体的な内容については各人が実存的に問い求め、多様性の中に霊的一致があればよいのです。

並木氏の神論では上記の引用の「第二」で「・・・欲します」との表現もあるとおり、この「神」は「人々の欲求」と無縁ではありえず、その意味では「擬人神」とか「偶像」としての側面がありますが、そこで上記の「転回」が体験されてこそ宗教としてのリアリティーを認め得るのです。それは信徒の生活において(実践的とは言えないとしても)実際的、実存的な神観です。クリスチャンの「偶像」神観批判には、イスラム原理主義者ほどではないにせよ厳格すぎる面があると思います。
「実践的」というのが倫理・道徳的行為に直結することであるとすれば、私はそれより現代人の多くにとって、死後の恐れや自尊心負傷や社会福祉不公正感などの解消・・・すなわち、精神的ひいては霊魂的な平安に直結するという意味での・・・「実用的」と言うか「実際的」で「実存的」な神観が要請されると思うのです。その点では並木氏の考えからは少し離れてしまうかも知れませんが、現世の肉体的次元の事柄だけなら、現代人の、少なくとも大衆の多くは、(天地創造主としての)「神」の存在などは必要としない・・・要請しないでしょう。
「民衆の宗教」(=「大乗教」)であってこそ真の宗教なり!との確信にもとづいて言えば、聖書の宗教にあっては人生問題への対応、特に現実社会では対人関係での諸々の不満が解消される方向性が示されなければ、その宗教は空理空論にすぎず、心理学にも劣ることになり、実生活に関わり得る宗教とは言えません。ストレスで傷ついた心を癒し励まし活力を与える力の源は各人の対神関係であり、その場に帰るための導きが聖書宗教に求められます。

こうして見てきますと、現代において聖書が示す「創造主としての神」というのは、同じく「いる」か否かを問うにしても、存在するという意味の「居(い)る」か否かを論じるべき対象ではなく、必要とするかの「要(い)る」か否かを論じるべき対象なのです。「神」は、「居(い)るか」ではなく「要(い)るか」が問われるべき存在です!
人間が「神」について「要(い)る」を選択することにより、論理のコペルニクス的転回が起こって、「神」が「居(い)る」から人間がそれを望み得るのだ・・・ということになり、「居(い)る」が「要(い)る」に先行するのです(私語としての「『神』の逆転先行の論理」)。

ここで参考までに量義治氏の言葉も引用しておきます。

「神は実在するかしないか。有神論か無神論か。この二律背反は哲学的には解決できない。すなわち、思弁的にも実践的にも解決できない。いかにもカントは、有神論の正しさは思弁的には論証できないが、実践的には論証できることを示したかのように思われるが、けっしてそうではない。『 神います』というのは、人間カントの哲学以前の信仰であり、その哲学はこの信仰をロゴス化しているにすぎないのである。フォイエルバッハ無神論もその哲学的探究の結果ではなくて、前提なのである。いずれにせよ、己自身で決断しなければならない。いずれかに賭けなければならない。」(『宗教哲学入門』〔講談社学術文庫〕p172)

フォイエルバッハと言えば「投影論」によるキリスト教批判ですが、カレン・アームストロング著『神の歴史( A HISTORY OF GOD ) 』(柏書房では、「…投影は神をわれわれ自身のイメージに従って、われわれに似せて神を創造することにつながるであろう。」(268頁)と否定的に言われている一方で、「すべての宗教は、何らかの擬人法をもって始められるに違いない。人間から完全に離れている神――例えばアリストテレスの『動かされざる動かし手』――は、霊的な探求に霊感を与えることはできない。この投影が自己目的とならないかぎり、それは有益であり健全でありうる。ここで言及しておくべきことであるが、神をこのように人間的な言葉で想像して描くことが、ヒンドゥー教のなかには見られない社会的関心を呼び起こしたということである。三つの『神の宗教』すべてが、アモスやイザヤの平等主義的な社会的倫理を共有しているのである。ユダヤ教徒たちは古代世界において福祉制度を打ち立てた最初の者になったのであるが、これらは彼らの異教の隣人たちの賞賛するところとなったのである。」(75頁)と、要は「擬人法」であれ「投影」であれ、人格神観は聖書においては必ずしも否定されるべきこととはみなされず、むしろユダヤキリスト教ないしは一神教においては社会倫理につながる実践的意義を持っていることが示されています。ちなみに前掲の佐藤優氏と竹内久美子氏の対談本では、佐藤氏が「人間が自分の力を超えるものに対して想定する神は、人間や願望や畏れの気持ちが投影された、いわば偶像ですよね。そういう神は、キリスト教神学でいう『神』ではないんですよ。にもかかわらず、いつの時代もそんな神が登場してくるために、そうした神という名の偶像をいかに排除するかが神学的な課題なんです。世の中の人が考える神と、神学的な訓練を受けた人が考える神は全然違う。だから、竹内さんやドーキンスさんのように『そういう神は妄想でしょ』と言われれば、『はい、その通りです』というしかないわけです。」と述べています(p87)。ここで特に注意すべき点は、「世の中の人が考える神と、神学的な訓練を受けた人が考える神は全然違う」ということ。私の場合は基本的に伝統的な人格神観でありますが、しいて言えば「世の中の人」と「神学的な訓練を受けた人」との中間に位置すると思うので、たとえばyahoo!知恵袋の宗教カテに投稿する一般人の質問によく見られるような、余りにも擬人化してイメージされた神の観方とは異なりますが、さりとて佐藤氏が言う「外部」だの「縁」だのといった抽象化にとどまる神の観方とも異なります。但し、聖書が示す「神」に関しては「信仰心」が与えられていなければいくら論じたところで納得することはできず、その意味では「縁なき衆生は度し難し」といったことがキリスト教にも言えるのではないか、そういう意味の「縁」ならわかる気はします。なにせ「選民」の宗教ですからね。イエス自身、聞く耳がある者に向かって語ったわけで…。

それはともかく、そもそもフォイエルバッハは以下のとおり「人格神」を認めています。但し、そこにとどまらなかったのです。

「神は人格である、しかし神は人格より多くのもの、人格よりも無限に多くのものでもある。神は純粋な愛 die lautere Liebe である人格である。(略)ここでいわれる、『神は人格よりも多くのものである』という論旨を支えているのは、スピノザ的な『ヘン・カイ・パーン』である。この『パーン(全)』が、❝alles❞を、神自体は❝das All❞を指すと考えられる。精神の活動としての『人格』をフォイエルバッハは否定してはいない。むしろ、肯定している。ただし、背景として『ひとつの場』がなくてはならないと述べている点に、ヘーゲルとは異なる見方が示唆されている。(中略)汎神論のまなざしで世界を見るフォイエルバッハにしてみれば、神の『人格』というのはペルソナ(仮面)にすぎず、その仮面の背後にある『愛の遍在』のほうがより本質的なのである。『神は愛する』よりも『神は愛である』のほうが適切とされるのも、前者が『人格』に縛られた見方であるのに対し、後者は『神の人格性を超出している』(中略)、つまり人格にとらわれずに愛そのものをとらえている、と考えられるからである。」(~川本隆氏の論文「超越から内在へ 若きフォイエルバッハは神をどのように解読したか?」)

佐藤優氏は前掲書の終わりの方で、「フォイエルバッハが言うように、神学の秘密は人間学なんです。神が人間をつくったんじゃなくて、人間が神をつくった。だから人間の側からしか神について語れない以上、裏返して、人間学を高めて神学にしていくしかない。」などと豪語しています(p253)。「人間が神をつくった」などとマジで言うようなことでは、いかに神学を修めたとは言え宣教に結び付く神学は語り得ないだろうと思います。創造信仰は宣教の根本ですからね。

ちなみに、そんな佐藤氏だからこそでしょうか、この佐藤氏と竹内氏との対談本では、佐藤氏が面白いエピソードを紹介してくれています。たとえば現代の有名な神学者であるパウルティリッヒについてですが、ティリッヒがドイツからアメリカに亡命して来た裏事情として、奥さんの不倫による妊娠や、ティリッヒ自身の実妹への性欲が挙げられ、ティリッヒの趣味がポルノ本の蒐集だの女子学生に卑猥な働きかけをしただのと言われています。また、古代の、これまた有名も有名な神学者であるオリゲネスが異端宣告された裏事情として、性欲を抑えきれずに自分の睾丸を抜いたということが語られています。カトリック教会は睾丸を持ちながら性欲を克服すべきと批難したようですが、さもありなんと感じます。

一方、対談相手の竹内氏も欲求不満かと思われるほど、オルガスムスがどうの、ペニスがどうのと、かなり語っておられ、睾丸については特にくわしく人種別のサイズ比較など述べていますが、上記の点に関しては「去勢してても欲望はあるんですよね。カストラート(去勢された男性オペラ歌手)もそうで、タマタマを取ってもモノは役に立つ」とのこと(p236)。オリゲネスはせっかくタマタマを取ったのに性欲から解放されることはなかったのでしょうかね。それにしても、「…神は本当に存在するのですか?」と問うているタイトルの本の内容が、あまりに下半身というか局部というか、性的な生々しい話になっているというのは興味深いことではあります。

話は救済論へと変わりますが、宗教でも救われない人間がいるとすれば、それはいわゆる暴力団に代表される反・社会的組織の人間です。所謂チンピラを含みます。

前述の対神関係の話と若干矛盾するようですが、こういう連中はたとい罪を悔いても改めることはないだろうから救われ難し。それくらい厳しく見たほうがよいと思います。たとえば、電話や訪問などで、汚い言葉を口にして他人を威嚇したり脅す行為は赦されざる罪です。この罪は性犯罪などと同じく、キリストによっても贖われるなどと甘いことは望み得ません。

一般人でもやくざの言い方を真似て公共機関などにクレームをつける者がおりますが、そういうことを反省もなしに繰り返す者は地獄行きだと確信しています。そのくらい厳しく扱うべきだという意味です。そう、イエス・キリストは一般に思われているほど、甘い存在ではないです。

ちなみに、イエスの愛敵の教え、すなわち「汝の敵を愛せ」という言葉については前掲の佐藤、竹内両先生の対談本でも「隣人」関係の範囲に関してなど論じられており参考になりますが、一般の解釈ではこれが弟子たちひいては我々信者への命令であるとは必ずしも言えないといった事情があるようです。

この点は田川氏の「逆説」にも一理ありそうです。 

「民衆の宗教」という観点からは、現代の「肉的次元」においても神話的表現がなされることは仕方がないとは思います。すなわち、イエスが神的存在のようにイメージされることは必ずしも否定すべきこととは思いません。しかし、それも(なんでもそうですが・・・)程度問題です!その点で聖書の読み方については、私は「社会派」はもちろんのこと「福音派」とも立場を異にします。

 

(参考資料)赤色は管理人。

 以下は、山我哲雄著『一神教の起源 旧約聖書の「神」はどこから来たのか』(筑摩書房)の第3章「ヤハウェという神」の「ヤハウェという神名」(p100~)より引用。
アラビア語などの他のセム系言語でもそうであるが、ヘブライ語では元来は子音字しか書かなかった。なぜそれで読んだり理解したりするのに問題が生じないかというと、日本語の漢字の多い文章も振り仮名なしで読めるのと同様に、読み慣れさえすればさして支障は生じないのである。ただし、固有名詞の場合には、漢字文でもしばしばそうはいかない(「吉川」は「よしかわ」なのか「きっかわ」なのか)。ヘブライ語の場合も同様である。イスラエルの神の名前(固有名詞)は、YHWHに当たるヘブライ文字四字で表された(一〇三ページの表の④)。この神名は、古い時代には、祭儀などの際に高らかに唱えられたらしい(出三15、三四5-7等)のだが、十戒(本書二七八ー九ページ参照)の第三戒(出二〇7)に神の名を「みだりに」唱えてはならないとされていることなどから、時代が進むとユダヤ人の間で次第に神の名の発音が敬遠されるようになり、聖書の朗読などに際してはこの「神聖四字」を「わが主」を意味する「アドナイ」の語や「御名(シェム)」の語で読み替えるようになった。そのような習慣が二〇〇〇年以上も続いたため、この神名の元来の発音がユダヤ人自身にも分からなくなってしまったのである。現代の研究では、母音字を伴うギリシア語文書などの表記により、元来の発音がほぼ「Yahweh」、カタカナで書けば「ヤハウェ」ないし「ヤーウェ」であったと復元されている。なお、文語訳などで用いられた「エホバ」の語は、元来の発音が不明であったころ、YHWHの子音字にその読み替えである「アドナイ」の母音(a,o,a)を無理やり当てはめた「イェホヴァ」に由来し(ヘブライ語の音韻規則上、最初の母音「ア」は「Y」音の後ろでは短い「ェ」に変わる)、現在では一般的には用いられていない(キリスト教の一派にはこの表記に固執するところもあるが)。神の固有名詞を発音しないこのユダヤ教の伝統は、後にキリスト教にも取り入れられ、聖書を翻訳する際にも、神聖四字は「主」に当たる語(ギリシア語では「キュリオス」、ラテン語では「ドミヌス」、英語では「ロード(Lord)」)で訳されるようになった。日本で現在、よく用いられている「新共同訳」でも、神聖四字が地名の一部をなしている一箇所(創二二14の「ヤーウェ・イルェ」)を除外として、神聖四字は「主」の語で訳してある。名詞には通常、何らかの意味がある。例えば「アマテラス」という神名は、「天を照らす」という、この女神の太陽神としての特性を表している。ところが、「ヤハウェ」という神名の意味や語源については数多くの仮説があるが、定説はないというのが最も適切であろう。そもそも「ヤハウェ」という語はヘブライ語からはうまく説明できず、おそらくはヘブライ語起源ではない。一部の研究者はそれを古いアラビア語の「吹く」という動詞と関連させ、この神がもともと嵐の神であったことの名残であると論じ、別の学者はそれを古代シリア語の「落とす」という動詞と結び付け、この神はもともと「雷神」であったと主張するが、学識ある思いつき以上のものとはいえない。ただし、旧約聖書にはただ一箇所、この「ヤハウェ」という神名をヘブライ語から説明しているように読める箇所がある。それは、モーセが初めてヤハウェに出会い、イスラエルをエジプトから救い出すように命じられる、いわゆる「モーセの召命」の場面(出三章)に含まれる。(中略)新共同訳が「わたしはある。わたしはあるという者だ」と訳した原文は「エヒイェ・アシェル・エヒイェ(略)」で、「ある」の一人称の形「エヒイェ」が二つ、関係代名詞「アシェル」で結ばれている。英語に訳せば、そのまま「I am who I am.」となる。未完了という動詞の形は一般に、過去の一回的な行為や出来事ではなく、現在起こりつつある出来事や未来の行為を表すので、「I will be who I will be.」と訳す場合もある。最初の動詞を本質規定、二番目の動詞を存在規定と解して直訳すれば、「わたしは、『わたしは存在する』という者である」ないし「わたしは、『わたしは存在するだろう』ところの者であるだろう」となろう。いずれにせよ、謎めいていて神秘的な表現であることは確かである。それでは、この「ヤハウェ」という神は、いつ頃からイスラエルで崇拝されるようになったのであろうか。この問題を考える際の一つの手がかりとなるのが、人名である。古代のセム系の人々は、子供に名づけをする際に自分の崇拝する神の名を織り込むことが多かった。(中略)イスラエル人やユダヤ人の名前には、「ヤ」や「ヨ」で始まったり、「ヤ」で終わるものが多いが、そのほとんどは「ヤハウエ」の名の要素を含んだものなのである。(中略)ところで、興味深い現象がある。実は、創世記でイスラエルの祖先とされるアブラハム、イサク、ヤコブはもちろんのこと、イスラエル一二部族の祖先とされるヤコブの息子たちの中にも、ヤハウェの名の要素を含んだ人名(以下では「ヤハウェ系人名」とする)を持った者は一人もいないのである。それどころか、そもそも創世記にはヤハウェ系人名は一つも出てこない。(中略)何よりもまず、イスラエルの前史の早い段階では、ヤハウェという神がまだ知られていなかったということを示唆する。(中略)それでは、旧約聖書に登場する人物で、はっきりしたヤハウェ系の人名を持つ最初の人物は誰であろうか。実はそれが、モーセの後継者でありカナン制服の指揮官でもあったヨシュアなのである(名前の意味は前述のように、「ヤハウェは救い」)。この「符号」は、極めて意味深長である。(中略)ある伝承によれば、彼のもとの名前はヨシュアではなく、ホシェアであった(民一三16)。ことによるとヨシュアは、ヤハウェ崇拝への最初の「改宗者」の一人であったのだろうか。(中略)もし、一方では王国時代のヤハウェ崇拝が圧倒的に優勢で、他方でそれ以前の最初期のイスラエルヤハウェという神が知られていなかったとすれば、ヤハウェ信仰以前にこのイスラエルはどんな神を崇拝していたのであろうか。それを考える際のヒントも、「イスラエル」という名自体にある。(中略)ヤハウェ信仰以前にイスラエルでエルという神が崇拝されていたことは、ここでもまた人名研究によって裏付けられる。(中略)王国時代以前にはヤハウエ系の人名が少なく、王国時代になるとヤハウェの名が圧倒的に多くなる。(中略)王国成立時代まで見てみると、ヤハウェ系よりもエル系の方が三倍近くも多いことが分かった(中略)少なくともイスラエルの初期の時代には、エルの崇拝が優勢であった。(中略)いずれにせよ、このシケムの「エル・エロヘ・イスラエル」が、やがてヤハウェと同一視されてヤハウェ・エロヘ・イスラエル」(イスラエルの神、ヤハウェ)となったのである。(中略)このヤハウェとエルの同一視ないし習合に関連して、とりわけ興味深い場面が創世記一四章に見られる。「エル・エルヨーンの祭司」であったメルキゼデクは、明らかに自分自身の神によってアブラハムを祝福したのであるが、文脈上アブラハムは、その神を自分の神ヤハウェと同一視したことになる。ここには、おそらくダビデ時代以降、ヤハウェとエル・エルヨーンが同一視されていった経過が反映されている。「エル・エルヨーン」はイスラエル以前のエルサレムで祀られていた神であったと推測できる。その際に、エルとエルヨーンがもともと別の神格であった可能性もある(イザ一四14等参照)。その場合には、「エル・エルヨーン」はすでに「エル」と「エルヨーン」が習合したものだったということになろう(中略)ヤハウェはもともとパレスチナ南方の嵐の神であり、特定の集団に結び付いてこれを守り導く神であったが、それがやがてイスラエルの民族神、国家神となったと考えられる。これに対し、創世記一四章では「エル・エルヨーン」が「天地の造り主」と呼ばれている。(中略)ウガリトの神話でもエルは世界の創造神であった。「エル(・エルヨーン)」と習合し、同一視されることによって、ヤハウェはやがて創造神としての属性を身に受け、より普遍的な意味と性格を持った神として観念されていくことになったのであろう。>

 

山我氏は「ミディアン人の神? カイン人の神?」(p138~)で以下のとおり述べておられる。 ※赤色は管理人。

モーセの義父エトロは「ミディアン人の祭司」であったというが、どんな神に仕える祭司だったのであろうか。モーセ出エジプトに成功したことを聞いて、エトロは、モーセたちが滞在していた「神の山」に訪ねてくる。そこで犠牲をささげて祝宴が行われるが、その際に祭儀を司るのはモーセでもなく、イスラエルの祭司の祖先とされるその兄アロンでもなく、「ミディアン人の祭司」であるエトロなのである(出一八1-12)。この箇所では「神(エロヒーム)」の語が用いられているが(同12節)、犠性がヤハウェに捧げられたことは文脈上明白である。それゆえ、エトロはもともとヤハウェに仕える祭司だったのであり、ミディアン人の崇拝していた神ヤハウェが(モーセを介してかどうかは別として)イスラエルに伝えられた、という可能性を考えることができる。これは、ヤハウェのミディアン人起源説ないし単純化して「ミディアン人仮説」と呼ばれる。モーセの義父については、異伝も存在する。別の箇所では、この義父はミディアン人ではあるが、「レウエル」という名前になっている(出ニ18、民一〇29)。ただし、士師記一章16節、四章11節によれば、モーセの義父はケニ人ないしカイン人で、「ホバブ」という名であった。ケニ人ないしカイン人も、パレスチナから見て南方を活動地とする遊牧的な集団で、後のイスラエルとの関係は友好的な場合(サム上一五6)と敵対的な場合(民二四21-22)があり、複雑であった。前述の「デボラの戦い」でイスラエルに敗北したハツォルの将軍シセラは、カイン人ヘベルの妻ヤエルの天幕に逃げ込んで、彼女に殺された(士四17-22)。彼女の英雄的な行為は、「デボラの歌」の中で最大級に絶賛されている(士五24-27)。アダムとエバの息子の一人として有名なカインは、おそらくこのカイン人の名祖(一族の名のもととなった祖先)である。周知のように、現在ある物語では、カインは弟アベルを殺した人類史上最初の殺人者として極めて否定的な人物として描かれているが(創四1-16)、他方で彼はヤハウェの加護を受け、そのために特別な「しるし」を与えられていたともされる(同15節)。そこで、一部の研究者は、カインないしカイン人こそ最初のヤハウェ崇拝者だったのであり、後にそのヤハウェ信仰をお株をイスラエル人に奪われたのではないか、と推測する。これが「カイン人仮説」ないし「ケニ人仮説」と呼ばれるものである。ミディアン人もカイン人も、パレスチナ南部から北西アラビアまでを活動領域とする未定着の遊牧民ないし牧畜民であり、似たような生活環境にあった。ことによると、彼らの間に何らかの直接的な関係(一方が他方の一氏族であったというような)があったのかもしれない。ヤハウェは、もともと、この地方のさまざまな遊牧集団が共通して崇める神だった可能性もあり、その中の一部が後に北上して「イスラエル」に加わり、ヤハウェという神の崇拝を伝えたということも考えられる。ヤハウェ出エジプトの神であったということと、ヤハウェパレスチナから見て南方の遊牧民、牧畜民に崇められていた地方的な神であったということは、相互に他を排除する仮定ではない。ここで考えておくべきは、実際にエジプトから脱出した集団は、おそらくは特定の閉鎖的な民族集団ではなく、エジプトで同じように奴隷的な生活を強いられていた、混成的な集団であったろうということである(出一二38)。多くは外国出身で、エジプト人としての正式の身分を持たず、建築活動などに従事していた下層階級の人々は、エジプトで「アピル」と呼ばれた。この語は音声学的には、青銅器時代の末期のカナンで不穏な動きをしていた「ハビル」(七五ページ)にほぼ対応し、「ヘブライ」という概念とも関連すると見られている。いずれにせよそれは、特定の民族集団に属さず、社会の下層にあって、通常の社会秩序の外で活動を行う――――あるいはそのような活動を強いられる――――人々を指す社会的な概念であった。出エジプト集団のうちに、もともとパレスチナ南部の牧畜民出身でエジプトに下り、そこで「アピル」になった人たちがおり、それが「出エジプト」に加わってエジプトを脱出した後、それを自分たちの伝来の神ヤハウェの救いの業と信じたという可能性が考えられてよい。たとえそうでなかったにせよ、出エジプト集団がエジプト脱出後、放浪を続けるうちにパレスチナ南部の荒野にいたヤハウェ崇拝者の牧羊民の集団と出会い、何らかの形でそれと合流し、統合したということがあったのかもしれない(民一〇29-32)。さまざまな可能性が考えられるが、それらを実証的に検証することはできない。前章の最初に記したように、牧羊民や遊牧民は碑文も考古学的痕跡も残さないからである。いずれにせよ、「イスラエル」では当初、ヤハウェという神が知られていなかったことは確かである。それが王国成立時代の前後に知られるようになると、それまでの「イスラエル」の中心的な神格であったエルと習合し、ヤハウェ系の人名の圧倒的な増加にも示されているように、この神の崇拝がイスラエルの中ですさまじい勢いで広がっていったのであろう。>(※「アピル」の「ピ」はPIで、「ハビル」は「ビ」はBI)

ちなみに、並木浩一氏は講義録の『創世記を読む』(ナザレン新書/2008年)の中で次のように述べておられる。※赤色は管理人。

「カナンでは、植物の枯死と復活を司る男神バアルが有力でした。神々の支配者は老いたエル神で、天上で神々を集めて会議を主催する。バアルはエルよりは身分は下ですが、神々の中では実力者でした。この神がイスラエル農民に親しまれていたのです。豊饒儀礼を伴うバアル神がヤハウェ信仰、宗教の中に入り込んだのです。イスラエルの人たちは基本的に農民でしたから。」(p78)

(参照)https://yahwist.jimdo.com/29/