聖書の対神関係 Hatena?

「キリストの平和」共同体を志向するブログ。その「平和(シャーローム)」は終末に期さねばなりませんが、神の御子が血を流すほどの行動なしには実現できません。ブログ名の「対神関係」につきましては、無教会・無教派神学においてすでに「神関係」という用語がありますが(量義治著『宗教哲学入門』〔講談社学術文庫〕p169 その他参照)、私は「対」を付ける方が日本語の表現としてはより正しいと思います。「主が御顔をあなたに向けあなたに平安(シャーローム)を賜るように。」(民数記6:26)

日本人はなぜ、聖書の絶対者たる創造神を理解できないのか?

すくなくとも自分が見聞きする範囲では、日本人には、大学教授などのインテリまでもが、キリスト教と言えば一神教一神教と言えば排他的で絶対主義の、自分たちの価値観を他者に押し付ける人間だと紋切り型の批判をする人が少なくないですが、旧約聖書の神信仰には「拝一神教」といわれるタイプがあります。

これは簡単に言えば、自分たち共同体の中では唯一絶対として信仰する神を他の人々には押し付けたりしない、他の共同体の信仰は尊重して否定はしないという立場です。つまりそこでは絶対主義的志向と相対主義志向とが両立しているのです。これを私は実存主義的信仰の立場と思って、自分の立場にしています。これなら聖書の宗教を日本社会の中で軋轢や矛盾なく生活実践してゆけるのです。

一方、日本の神道は絶対真理みたいなものは認めず、なんでも受け入れるような寛容なものだからいいんだみたいなことを下のリンク先の動画でもそういう趣旨のことを結局のところでは言われているようですが、それは裏を返せばなんでもありの無節操な混沌志向ということでしょう。

絶対を言わないのがいいんだというのは教養ある人の言うことではありません。相対主義だからいいんだというわけではなく、人間には絶対主義的な志向性も相対主義的な志向性も両方あって然りだし、既成宗教を一面的に見てどちらかを否定し去る考え方こそ対立を招くのであって、一神教が絶対主義だから原理主義になるんだ、戦争になるんだみたいな単純化した思考はとても共感を得られるものではありません。普遍性が高い理念は中庸なのです。ところが下のリンク先の動画では絶対主義的な考え方を否定し去り、結果的には相対主義的な考え方の絶対化になっています。一神教的な立場も認めつつ、日本の多神教的な立場とどう共存させてゆけるかというバランスのよい見方ではなく、一神教には正義と不正義の区別があるからダメなんだ、戒律があるからダメなんだ、外から押し付けるからダメなんだ、だから原理主義はダメなんだと一方を否定することによって神道を肯定するというやり方をしていますが、一神教徒にとってはそれこそ神道的価値観を外から押し付けられる、余計なお世話だと言われるようなことでしょう。

下のリンク先の動画の保守派を語る連中は、いかにも自分たちが言っていることがバランスよい考え方であるかのように思い込んでいるようですね。とんでもない、その口から出る言葉で自己矛盾を犯しているわけです。あつかましくもヨハネによる福音書1章1節の言葉を挙げて勝手な解釈でロゴスと理屈とを結びつけ、日本人は理屈を嫌うからいいんだ、一神教には論理があるからエゴを主張し殺し合うのであって、神道には論理がないからいいんだ、みたいなことを放言していますが、それこそ一神教を否定するためにこじつけた屁理屈ともとれるのであって、一神教徒を批判するその両刃の言葉で自らも批判されるのです。

そして日本のすばらしいところは、何は正しくて何はそうではないみたいなことは言わないんだ、いいとこ取りするんだ、みたいなことを言っていますが、この人こそ客観的にみて、神道の信仰が正しくて一神教はそうではないと主張しているのです。それを気づかずにいろいろ言っている、まさに独善でしかありません。

そして特におかしいことは、一神教にある「裁き」についての信仰が神道にはないからいいんだ、みたいなことを言っていることです。これはもはや思想的な仕事をしている人の言うこととは思えません。「裁き」は宗教と道徳との関係でとても重要な観念だからです。問題は、それをどのように生活に反映させるかであって、そこに独善的な行為が生じるのであれば、それは批判されて然りですが、神の裁きの信仰を持っているだけで否定的に言われるというのはまったくおかしいです。むしろ「裁き」を欠く宗教において倫理や道徳がどのように語られ実践されているかが問われると思います。日本の信仰を常に中心軸として他宗教や他文明を否定するということ自体が、ある種の原理主義的、絶対主義的な考え方だからです。

【討論】これでいいのか?政治と宗教[桜H29/8/12] - YouTube

 

ところで、東大教授を退官後、放大教授に就任され、哲学の生涯学習に大きな貢献をなさった渡邊二郎氏は、『現代人のための哲学』(放送大学教育振興会)という、私が学生時代に読んだテキストの中で、「日本に西洋哲学が受け容れられ、またキリスト教が広まってゆくに従って、次第に、絶対者としての神の存在という観念が、人々の間に浸透し、人々に信仰心を呼び起こ」したと述べておられますが(p240  ※濃色は管理人)、あらためて読んでみると素人ながら、この点だけは疑問に感じます。

「西洋哲学が受け容れられ」たことに関してはともかく、すくなくとも「キリスト教が広まって」いったとしても実際に「絶対者としての神の存在という観念」を受容し得たその「人々」というのは、あくまでも一部の知識人に限られていたのではないかと私には思われます。

いずれにしても冒頭に掲げた渡邊教授のテキストは、終わりの方で「私たち人間のうちには、現実を見る冷徹な眼差しと同時に、大いなる生命の源泉、正義と幸福の主、永遠の平安と救済を司どる絶対者への希求が、熱い情意の坩堝のなかで沸騰している。」と語り(p257)、最後は、「私たちは、自己のさまざまな存在経験を通じて、最後には、絶対者と向き合いながら、みずからの人生の幕を閉じねばならない。私たちの自己は、その究極において、神の影と接して成り立っていると言わねばならないであろう。」と結んでいます(p258 ※濃色は管理人)。

ところで、旧約聖書学者の深津容伸氏は「キリスト教と日本人」という論文で次のように述べておられます。

「・・日本の教育がキリスト教信仰を天皇信仰に置き換えて取り入れられていることを内村鑑三は批判しているのである。これは何も教育に限ったことではなく、明治憲法キリスト教の神を天皇に置き換えて制定されたため、以後天皇絶対神(古来から日本の神々に絶対神は存在しなかったのであるが)として信仰されるようになったのである。キリスト教信仰を省いてキリスト教文化を受け入れることを内村は欺瞞として批判しているわけであるが、これが今日に至るまで、日本人がキリスト教に接する傾向であるといえる。」(※濃色は管理人)

思えば、あの太平洋戦争で猛威をふるったいわゆる絶対主義的天皇制とか天皇ファシズムとかいった現象は、大日本帝国憲法での天皇の「神聖不可侵」がキリスト教の「絶対者としての神」を参考にしたことに起因するのであり、伊藤博文氏などの西洋文明を学んだエリートたちが天皇に付与したイメージは「教育勅語」による道徳教育などを通して国民大衆に浸透したのであって(「教育勅語は意味が分からずに天皇を崇める感性を幼少の頃から植え付ける大きな役割を果たした」〔~開發孝次郎氏の論文「昭和天皇教育勅語」〕)、素地として大衆の中に「絶対者としての神」という観念が浸透していたとすれば、そしてそれがキリスト教(の特にカトリック)の宣教によるものだったとしても、それは一般庶民に直接的なかたちではなく、まずは国学者などの知識人に入り、そこで絶対神格化された天照大御神および天皇のイメージが庶民に刷り込まれていったのだと思われます。以下、参考までに引用します。

「国民の中に天照大御神のみを崇拝する一神教的傾向が生まれてきていることに注意を向ける必要がある。(中略)絶対唯一神化された天照大御神を本尊として説教をしなければならないとする意見が、茨城県の川崎巌によって建白(明治五年十月)され、(中略)キリスト教と同様に、我が国においても『国初大主宰ノ天神』のみを信仰する一神教にしなければならないとするような建白書も提出されている。天照大御神絶対神化された時、その国民への影響力は天之御中主神論の比ではない。このような天照大御神論にはキリスト教に対抗していこうとする排耶論の意図が含まれているが、キリスト教一神教に触発されていることは明らかである。」(~佐々木聖使氏の論文「明治初期における天之御中主神論」)※赤色は管理人。

欧米社会で宗教の果たしている意義を思い知らされた伊藤氏などは、日本を近代化してゆく上で天皇および皇室を国家の精神的支柱とする必要を痛感し、そのためにはおのずと一神教的な発想が出てくるのも頷けます。福沢諭吉矢野龍渓が着目したユニテリアン・ユニバーサリズムは、一時期、国教化の案が出たことはあまり知られていないようですが、キリスト教系なので土台無理な話でしょう。

結果的には所謂、国家神道が形成されるわけで、まず天皇の祖先とされているアマテラスにキリスト教の「唯一神」的イメージを与えることになり(その点で皮肉なことではありますが、このことにふれるたび、「唯一神」の原初的イメージは太陽であっただろうという思いを強められます。太陽神崇拝が唯一神教の起源ではないでしょうか?)、明治の初期から、反キリスト教の知識人が皮肉にも敵対するキリスト教の神観を参考にして、徐々にその活動を進めていったというわけでしょう。そのピークは昭和に入って所謂「天皇機関説」に対する攻撃および国体明徴運動から太平洋戦争に至る時期であり、昭和天皇は唯一絶対神的存在である天照大御神の子孫であるという再神話化がなされて庶民が洗脳されたのです。しかし所詮は八百万の多神教世界なので相対性は免れ得ず、天皇は言わば絶対的相対神としての現人神でした。相対性があった分、洗脳も解けやすかったのでしょう。

1937(昭和12)年に文部省が第一刷を発行した「国体の本義」では、天皇を「現御神(明神)或は現人神と申し奉るのは、所謂絶対神とか、全知全能の神とかいふが如き意味の神とは異なり」云々とわざわざ断っているので、逆に言えばこの時点で日本社会の中の、すくなくとも知識人の中には「絶対者としての神という観念」が広がっており、天皇のイメージがそういうものとして浸透していたことが窺われます。その状況に役人たちは弁解しているわけです。そして当の天皇御自身は迷惑と思っておられたことが、「又現神(=現人神)の問題であるが、本庄だったか、宇佐美(興屋)だったか、私を神だと云ふから、私は普通の人間と人体の構造が同じだから神ではない。そういふ事を云はれては迷惑だと云った事がある。」(~『昭和天皇独白録』)とのお言葉からわかります。

いずれにせよ、戦後にキリスト教が発展したにしても、天皇の所謂「人間宣言」などがあって、戦時中まで天皇が纏わされていた虚飾のヴェールも剥がれ落ち、日本の大多数の庶民にとって「神」といえばまずもって神社に祀られている、自然物との区別も曖昧な相対的な存在ということに戻ったわけで、それが本来の日本人の神感覚でしょう。そしてすくなくとも大衆レベルでは平成の時代に至るまで、キリスト教の「絶対者としての神の存在という観念」など浸透し得なかったと思います。

 

昨今のマスコミにおいても(「神わざ」というのは昔からある言葉ですがそれに加えて)「神対応」など、いかに優れた技能や行為であるにせよ、「神」という言葉を人間に対して使う傾向が顕著であることは、その傍証と言えるでしょう。

三島由紀夫氏の言う「概念の混乱」という事態はたしかにあったのだろうと思います。

「われわれが漢訳の外国語によって得たものは、概念の厳密さよりも、その概念を自由に使いこなす日本的な柔軟性をわれわれのものにしたというにすぎません。ここから概念の混乱が起り、日本人の思考の独特な観念的混乱が生じたのであります。」(~『文章読本』)

ところで本多峰子氏は、遠藤周作の小説『沈黙』に関する論文の中で、次のように述べておられます。

「この小説の最も大きなテーマは、神の沈黙の問題、すなわち、迫害に会い、百姓たちが惨めに殉教して行くとき、なぜ神は沈黙を守っているのか、という問題と、日本でのキリスト教の受容の問題、すなわち、日本人は、絶対的な唯一神を信じる正統的なキリスト教を受け入れることができるか、という、遠藤周作が生涯考え続けたテーマである。フェレイラは、自分が転んだ理由を、日本人には結局、キリスト教の神を受け入れる概念的な素地がなく、キリスト教は日本にはけっして根付かないであろうと悟ったからだと、言っている。一時的に、キリスト教が日本に広がったように見えたときもあったが、日本人の中で神のイメージはいつの間にか西洋人が考える<神>ではなくなっていってしまったと、彼は見たのである。『日本人は人間とはまったく隔絶した神を考える能力を持っていない。日本人は人間を超えた存在を考える力も持っていない・・・・・・日本人は人間を美化したり拡張したものを神とよぶ。人間とは同じ存在を持つものを神とよぶ。だがそれは教会の神ではない・・・・・・私にはだから、布教の意味はなくなっていった。』」(※濃色は管理人)

http://www8.plala.or.jp/mihonda/Yudahasukuwareruka.htm

ここで「正統的なキリスト教」(~本多氏)とか「教会の神」(~遠藤氏)といった言葉があります。「絶対的な唯一神」とか「人間とはまったく隔絶した神」というのは聖書的神観ですが、それがキリスト教本来の神観であるか?と言えば、必ずしもそうとは言えません。キリスト教は「神が人になった」ことを告げるからです。「真に人」である者を「真に神」であるなどと言う宗教はキリスト教だけです。歴史的には「人が神にされた」のでありますから、ギリシャ正教が人間神化という非聖書的教理を持ったのは当然と言えば当然です。

日本人の庶民的な神感覚ないしは日本的神観が聖書的神観と決定的に異質であるのは、結局、矢内原忠雄氏が本居宣長批判において、日本人の「神」は人間との区別が曖昧な存在である旨を指摘しているとおりであり、そんな日本人が昭和の一時的なブームに乗って洗礼を受けて形だけのクリスチャンになったからといって、「絶対者としての神の存在という観念」を身につけ得るわけがなかったのです。キリスト教が古くから、神人両性一人格キリスト論を中心とする宣教をしてきたのなら、西洋の有神論における実体的「絶対者」神観が定着することもなかったでしょう。「真に人」としてのイエスを含み込んだ「神」が「絶対的な唯一神」とか「人間とはまったく隔絶した神」とイメージされるようになるのは不自然だからです。ちなみに私見では、西洋の有神論における神観には非聖書的な部分も多くありますが、理神論にも部分的には棄てがたいものがあるし、狭義の有神論の神観の大半は聖書的神観と重なります。ところがその有神論を否定する流れが現代は高まっており、聖書もその都合に合わせた解釈がなされるようになり、それによって「神」が非人格的で得体の知れないものにされているのです。

中世ではスコラ学において神学と哲学との区別は曖昧だったので、いかに形而上学的要素が入っていても、それも込みでキリスト教の神観だったのです。ですから現代の「十字架の(組織)神学」者が、このことを取り上げて、キリスト教の神学が国家神道に利用されたとしてもそれはカトリックの自然神学ないしは形而上学的神学であって、プロテスタントの啓示神学ないしは聖書主義的神学は全く関係ない、などとは言えません。この点は先に釘を刺しておきます。

私は、キリスト教の神観が大日本帝国憲法の「神聖不可侵」という天皇観、そして太平洋戦争の時の絶対主義的天皇制における天皇のイメージ作りに利用されたという仮説とともに、その絶対的神イメージは西洋の有神論ないしはトマス神学に由来するものだと思います。しかし宗教改革後も、特にカルヴィニズムにおいては「超越」かつ「絶対」的神観が強調されたので、その影響が全くなかったとも言い切れません(カルヴァン自身の神学思想と、デオドール・ド・ベザ以降の「カルヴァン主義=カルヴィニズム」とは異なる。「予定」の強調は後者。しかしカルヴァン自身も「三位一体」の教義に固執するがあまり、ミカエル・セルヴェトスを処刑している)。正統的キリスト教において、比較的ではありますが聖書的神観の要素を最も謳っている系統はカルヴィニズムではないかと思います。それも穏健派ではなく保守的な方です。その関係で私は、「ウェストミンスター信仰基準」の「聖定」の教理を最も重視しています。「神」の絶対性を明確にしているからです。だから、仮にカルヴィニズムの神観も天皇の絶対者イメージに利用された部分があるとしたら、極めて皮肉なことであり、非常に残念なことです。しかし私はその可能性は低いと見ています。少なくとも大日本帝国憲法での天皇観に利用されたキリスト教カトリックだったからです。参考までにカルヴィニズムに関してある一文を引用しておきます。「予定 < 聖定」の教理を積極的に伝えているのはカルヴァン自身ではなく、後継のカルヴィニストのようです。後者の神学には合理性があります。特に「許容的聖定」の教理はこの世に起こる災難をすべて人間の罪に起因するものとして、無用な神義論的問いを排するのです。俗っぽく言えば、なるようしかならねえっていうのが、神さまの「予定」であり「聖定」なのです。

「神が罪を作られたとは言わぬ。罪は神によって許容的に聖定されたと言う。神の聖定は罪の有効原因というよりも罪が生起することの有効原因だと言う方がよい。」(~岡田稔著『改革派教理学教本』〔新教出版社〕)

「聖定と人間の責任との問題を解決しようとするような、啓示の限界をこえた神秘については『聖なる無知』を告白するのが賢明であり、よいことなのである。(中略)
聖定とは創造された世界の中にすべて起こってくることに関する神の計画をいう。予定とは、天使と人間の永遠の運命に関する神の計画を指す。」(~ヨハネス・G・ヴォス著、玉木鎮訳『ウェストミンスター大教理問答書講解 上』〔聖恵授産所〕)

当然のことながらカルヴィニズムの神論は「三位一体」である以上(カルヴァン自身の三一神論の方が、カール・バルトの「神の存在様式(Seinsweise Gottes)」に近いのではないかと思われる)、全面的な支持はできませんが、「キリスト中心」と言うより「神中心」と言われる点がよいのです。特に「ウェストミンスター信仰基準」は知性や合理性を犠牲にすることなく問答が進行しますが限界線がきちっと引かれており、人知を超える神秘については聖霊の働きにより判断停止するといった頌栄ベースのスケールの大きさが魅力です。

ちなみに私は、このような「正統」と呼ばれる立場に対しても、逆に「異端」と呼ばれる立場に対しても、等しく是々非々で臨んでいます。

カルヴァン主義者たちは、神についてもいかなる他の現象についてと同様に客観的に語ることができると信じていた。彼らは他のプロテスタントカトリックと同様に、論理と形而上学の重要性を強調する新しいアリストテレス主義を発展させつつあったのである。これは聖トマス・アクィナスアリストテレス主義とは違っていた。なぜなら、新しい神学者たちはアリストテレスの思想の内容よりも、その合理的方法に関心を持っていたからである。彼らは既知の公理に基づく三段論法的演繹から引き出せる一貫した合理的体系としてのキリスト教を提示したいと思っていたのである。これはもちろん深く皮肉なことであった。なぜなら宗教改革者たちはみな、神についてのこの種の合理主義的議論を拒否していたからである。」(~カレン・アームストロング著、高尾利数訳『神の歴史』〔柏書房〕p380)

ここでトマスの名が出てきたので忘れないうちにひとこと。ざっくり言えば、ルターの「十字架の神学」に対する「栄光の神学」とはトマス神学に代表される哲学的神学であり、その哲学とはアリストテレス哲学であり、従来のアウグスティヌスの神学の場合はプラトン哲学であって、この転換点には十字軍遠征によるイスラム世界からの文明流入という出来事がありました。とにかく、哲学におけるスコラ学の父がアンセルムスなら、神学におけるスコラ学の父はトマスでした。バプティスト派におけるバルト神学者の寺園基喜氏は、パスカルの「哲学者や学者達の神ではない」という言葉を「哲学者アリストテレス神学者トマス・アクィナスのいう神ではない」と敷衍しておられますが、現代の神学者がよく引用するパスカルの「アブラハムの神、イサクの神、ヤコブの神、イエス・キリストの神」とは、そういう意味が込められているわけで、要するに現代の「十字架の神学」者たちは、彼らが何より関心ある神義論というものを、スコラ学的方法で論じるよりもキリスト論的にかこつけて論じる方がより現実的であり、説得力があると思っているようなことなのです。私にしてみれば、そもそも彼らの知的関心の前提となっている神義論自体がスコラ(暇)な、無用な議論なのであり、ヨブ記を読んで解決、否、解消されて然りなのです。だから私は、現代の「十字架の神学」者の三位一体論というものは、よく「実践(的)」という言葉が使われることからも察せられるとおり、それを裏返せば、彼ら知識人の観念性、思弁性のカムフラージュ神学、自己正当化の神学にほかなりません。彼らのホンネは倫理にかこつけた教理への関心です。そこを見破らなければ、結局、庶民信徒は騙されます。

たとえば、北森嘉蔵氏の場合の一例として、「十字架の神学としての神の痛みの実践的意義」(~『今日の神学』〔日本之薔薇出版社〕p37 ※「実践的意義」に傍点あり)などと、「実践的」という言葉を一見「倫理」の行為に直結するかのようなことをほのめかしながらも実は、「外を内に化してゆく」(同書、p38)というロジックについて用いています。この「実践」の主体は、表面的には「十字架の神学」ないしは「神の痛みの神学」という神学的立場にある人のようでいて、じつは神学者でも信徒でもなく、「福音」とか「神の痛み」といった観念になっており、言わんとしている実践の主体は聖霊かキリストかはわかりませんが、これも論理の中での抽象的な事柄であり、信仰生活の事柄ではありません。これもまた思弁神学者による日本語の誤用と言えるでしょう。

また、他の神学者の場合も「十字架の神学」を持ち出して「社会福祉」だのなんだの社会倫理的事柄につなげてみたところで、その重点はあくまで「神学」の「論」の方に置かれていて「福祉」の「実践」の方に置かれているわけではありません。そしてそれは神学としては当然であり、最初から倫理・道徳の行為という意味での「実践(的)」という用語を持ち出さなければいいのに、コンプレックスからか、あえて「実践隠し」で逆にそのように言うのが偽善的だというのです。最初から自分たちの軸足があくまでも「論」の方に置かれていることを自覚し、それを誤魔化す必要など無いのです。それを知識人というのは体裁にこだわるからでしょうか、神学の論者としても実践的でありたいとの思いから、「十字架の神学」(および、それと接合した三一神論)と福祉問題などを結びつけ、実際に現場で福祉活動などしなくても、神学議論の場にいるだけでも「実践(的)」と言えるようなあり方が可能であるかのように振る舞うわけです。そんなことなので、福祉現場の信徒のみならず、本当に生活の中で諸々の問題を抱えて苦しんでいる庶民信徒にとっては、その「神学」の何が「実践(的)」なのかさっぱりわからないのです。だって彼ら神学者たちは、けっして自分たちが経験している苦しみを共有してはいないからです。むしろ大学教授など社会的に高い地位で、自分たち時給800円前後で働きながら暮らしている庶民とは懸け離れた生活空間にいる人々です。そんな人たちが、たとえ日曜日だけ牧師と称して教会で「十字架の神学」に基づく説教をして、自分たちが共有できない信徒の苦悩を、神さまが、イエスさまが共に苦しんで下さっているのだ!と語ったところで、身に染みて慰めや励ましを感じられるのか?と言えば大いに疑問なのです。むしろ、神学は神学として、へたに「実践(的)」であろうなどとせず「論」に徹底すればよい、知識人はへんに一般庶民に寄り添うようなふりをせず、ただ質疑に応じればよいのであって、現場での「実践」はその道の専門の従事者がすることなのです。神学者自身もむしろそのサービス利用者にすぎないのです。神学で実践的サービスを一般信徒に提供しようなんてムシがよすぎるのです。弱者贔屓もやりすぎると弱者にとっては却って嫌味になります。

当面の問題は日本の国学者などキリスト教に反対する側の人々がキリスト教のどのような文献を読んだかです。戦争との関連で言えば、聖書的には旧約の「万軍の主」としての権力者的神イメージに目をつけられてもおかしくはなかったでしょうが、反対者たちがそこまで聖書を読んでいたかは疑問です。

旧約の神と新約の神とを区別すること自体が遠藤周作氏や井上洋治司祭に影響された人々の陥りやすい過誤ではないかと思いますが、敢えて便宜的に言えば、新約聖書の神イメージはイエスのたとえ話にもみられるように「超越」とか「絶対」とかいった権力者的な感じは後退していますから(但し、イエスは「神の王国」「神の支配」を伝えたとされるとおり、王的神理解と無縁ではない)従来、日本の知識人が西洋のGodは云々と言うような場合、そのイメージは神学的にはネオ・プラトニズムやアリストテレスなどの形而上学的神観を含んだ普遍主義の中世カトリック・トマス神学であり、プロテスタントではカルヴァン神学によるもの、そして聖書的にはどちらかと言えば旧約的であった、と言えるでしょう。これにより「超越性」「絶対性」「実体性」といったことが強調されることになったのではないかと思われるのです。これが戦争に悪用されずに、宗教的真理として日本に入ってゆけばよかったのですが、残念ながらそうはならなかったのです。受容したというか利用したのは知識人層、それも戦争推進派の人々であり、庶民層の中に平安を与える創造神のイメージとして入ることはありませんでした。結局、「絶対(他)者」という聖書的神観を日本人は受け付けなかった・・・それが『沈黙』の中でフェレイラ教父が問題としていることでしょう。それだけ神道的神観の根が深いということでしょう。

ちなみに佐藤優氏は次のように述べています。

「フロマートカは、よく言われる、旧約聖書の神は『裁きの神』で恐ろしいけれども新約聖書は『愛の神』で優しいというような見方を退けます。イエスは、律法を廃止するためではなく完成させるために、われわれの世界に現れた神です。新約聖書も『裁きの神』なのです。それですから、イエス・キリストの前に立つとき、キリスト教徒は恐れの感覚も持つのです。このことを多くの神学者は見逃していますが、フロマートカは、シモン(後のペトロ)が、イエスと出会ったときの物語から読みといています。」(~『神学の技法』〔平凡社〕p58)

ところで、日本人の文学者などがキリスト教のGodについて語る場合、信仰の有無に関わらず、そのイメージは必ずしもキリスト論的ではなく、ましてや三位一体論的でもありません。同じ一神教ユダヤ教イスラム教の神観にも共通するような「超越性」とか「絶対性」が強調されることが多いのです。もちろん、信条としてはキリストの両性一人格や三位一体を認めている人でさえそうなる傾向があります。

この点に関して私は、キリスト教徒の中にも従属論的な傾向があるからではないか、という仮説を立てています。改革派の神学においても、「職務的」とはいえキリストの父なる神に対する「従属」が認知されています。

また、量義治氏が宗教学者波多野精一氏をユニテリアン呼ばわりしていますが、これも「従属」と関係があることだと思います。

新約聖書でも、パウロ書簡など読めば「神」と「キリスト」とは従属的な関係として語られているし(この点はパウロ書簡の専門家である青野太潮氏も、「パウロにおいて、キリストは神に従属するという神中心主義が強固に横たわっている」と述べておられます)、それは聖書の中でキリストの神格を最も語っていると思われているヨハネによる福音書、さらにはルカ文書(の「神のキリスト」という表現)にも見られます。

「三位一体」神論についても、日本神話の「造化三神」に関連して国家神道ないしは所謂「天皇教」に利用された可能性はあります。しかし、以上のことはあくまでも私個人の仮説であることをお断りしておきます。

いずれにせよ、天皇絶対神格化に西洋の有神論的神観なりキリスト教の神観が使われたことは歴史的事実と言えるでしょう。それで、実体性とか絶対性が強調されることになったのではないかと思われるのです。日本の教養人のGodのイメージは西洋の有神論の神観に一致します。そしてそれは従属論的キリスト論を前提としています。従来、クリスチャンの多くは、キリストを「神の子」として、「神」との関係を従属的にイメージしていたのではないかと察せられます。いかに知識人レベルではあっても神学者ではない以上、一般的にはGodは決して三位一体論的にイメージされてこなかったのです。というか、三一神をイメージすること自体、いくら卑近な喩えがあっても困難なのですから。日本プロテスタントの初期の指導的立場の人々も、植村であれ高倉であれ儒教の影響もあって従属論的キリスト観がみられます。無論、信条的には三一論を前提としてはいますが、実際のイメージとしては「神」と「キリスト」とは「同質」ではあっても「同等」より「従属」的な感じが強いのです。頭では「三」とか「二」であってもハートでは「一」という現実はあったはずです。神観はまずは聖書から感じられる素朴なイメージによって形成されるので、最初から教義に合致するわけではありません。多くのクリスチャンにとって三一神観は言わば後付けなのです。そこで神観が三一論的に改められても、その理解は様態論的になるか三神論的になるかで、教理に合致するようなことは稀有と言っても過言ではないでしょう。

それでは聖書的神観の特徴をあらためて確認したいと思います。

関根清三氏によると、イザヤ書57章15節は、前半で神の「偉大さと超越」、後半で神の「低さと内在」を述べており、両者相俟って「聖書的な神観の一つの到達点」を示しているとのことです(~岩波版「イザヤ書」57:15の注 ※濃色は管理人)。

私が聖書から示される第一のことは創造主と被造物との質的断絶、隔絶です(エゼキエル書2章1節の「人の子」についての岩波版の注を参照)。上記の関根氏の説明で足りないのは、「偉大さと超越」と「低さと内在」との「不可逆」的な関係です。すなわち聖書的神観においては、「神」の超越性は内在性に対して、「神」の在天は遍在に対して、それぞれ先行しているのです(内在性に対する超越性の先行に関する参照聖句の一例としては列王記上19:11~13)。従って「神」が内在しておられるとか臨在しておられるとか言う場合も、矛盾的ではありますが、同時に超越し、隔絶しておられるということを意識していなければなりません。「内なる神」・「近き神」は同時に、そしてそれ以上に「外なる神」であり「遠き神」なのです。創造主は決して被造界に同化されません。そこには「不可同・不可分」ではあっても「不可逆」の厳然たる秩序があるのです。だから自分の身心内部に「神」を感じるとしたら、それは聖書的な神信仰からズレている・・・神秘主義的錯誤に陥っていると思って修正したほうがよいです。

エスご自身、ヨハネ福音書などを読めば、ある意味、神秘主義的ともとれる言葉もありますが、歴史的批判的に読めば違った面が見えてきます。イエスはおもにご自分を「人の子」と言っておられ、その意味は上記のエゼキエル書における預言者への呼びかけの意味(=神と人との隔絶の強調)だと解すことも可能です。それがイエスの自覚にあったか否かは別にしても、イエスという人にはご自分を「神」として絶対化するような考えなどまったくなかったと確信します。むしろ「父なる神」の前に一人の人間としての謙虚さを徹底なさったのであり、だからこそ彼を十字架につけたローマ側の軍人から「ほんとうに、この人間こそ、神の子だった」と言われたのです(マルコ15:39  岩波版  佐藤研訳)。そのイエスを神格化したキリスト教の方にこそ自己絶対化の意図があったのです。

ところでその佐藤研氏ですが、「禅・キリスト教」なるものを提唱され、これまた伝統的神観を根底から覆すような方向に進んでおられます(以下、引用。濃色は管理人)。

西洋キリスト教は『神と人間』、『絶対と相対』を質的に峻別する宗教です。それを無視する考えを『異端』として排除・弾圧してきました。しかし、この二元論でやる限り、『神』は人間に結局は抑圧的に関わってきますし、人間も神への基本的な反逆を常時潜ませています。」と指摘したうえで、「坐禅の世界に参入すると、キリスト教徒であっても、ものの見方が大きく変貌して行きます。単にこれまでの欠けたところを補う、というのでは終わらなくなります。(だからこそ伝統的な人々からは極度に警戒されるのでしょう。)その際の最大の変化は、『神』観の変化です。先ほども言いました、本質的に自己に二元論的に相対する、いわば超越者・審判者としての『神』という面が脱落するか、弱体化するのです。『神』とは自分の本質の別名、という理解に接近し、さらに体験的に一線を越えると、その生々しい事実をまじまじと体験することになります。そうすることによって、理解を超えた、ある根源的な平安にたどり着くのです。」と説いておられます。

http://hyakunincho-church.com/6column/syoshi/hncc-199sato.html

これではまさに「人間の神化」の逆で、「神の人間化」とでもいったことになります。宗教的に見れば日本的といえば日本的ですが、西洋から得た良い部分までも捨ててしまうことは、まさに盥の水といっしょに赤子を流すようなものです。同じく禅とキリスト教との関係で思索しておられる八木誠一氏の場合は、その思索の深さが佐藤氏や上村氏とは違って、伝統的・人格主義的神観も聖書的神観のひとつの側面として認めておられます。

教会が教義の中でイエスに纏わせた神話のヴェールを、神学とは違って科学的な面を持つ聖書学によって剥ぎ取ってゆくことは、現代のキリスト教改革においてとても有意義なことですが、そういった仕事をしてくれる優れた人物が得てして「神」について非人格化や相対・有限化の傾向があることは残念なことです。キリスト論は過激なくらいがよいですが、神論は「人格、超越、絶対」といった伝統的な一線は守ってほしいのです。つまり創造主にして「超絶者」という神観こそ聖書的なのです。

日本における「実存論的神学」の先駆者を自認しておられたらしい野呂芳男氏の場合は、「神」について「絶対」を言うのは哲学であって神学ではないと論じておられ、その結果、聖書に示された「神」をプロセス神学と同様に有限なる存在にしてしまっています。しかもその動機が、「史上,絶対的な全知・全能の神がしばしば専制政治に利用され,民衆を弾圧する道具に使われてきたことを考えますと,多元が多元のままで,そこに愛による-時代によってその形が独創的に変化して造られる-調和形成を目指す多元論のほうが,キリスト教という愛の宗教には相応しいと思うのです。アウシュヴィッツなどの強制収容所におけるユダヤ人虐殺,中国などにおける日本軍による虐殺事件,広鳥や長埼への原爆投下,東京下町の大空襲などを体験した私たちにとっては,もしも神が全知であり全能であるならば,何故にそれらの出来事を阻止できなかったのか,分からないのです。」などといった神義論的思弁的な事柄であることを見ると、呆れて思わず首を傾げたくなります。

(~「神学研究四十五年 ――最終講義 1991年1月17日 於 立教大学チャぺル――」の「4  多元論へ」)

http://www.geocities.jp/yoshionoro/1991-shingaku40.html

これでは本末転倒であり、「神」を有限化するような神学よりは、「神」を絶対化する哲学の方がよほど聖書的であると思います。

 

そもそも日本人で司祭や牧師になる者にしてからが、必ずしも「絶対者としての神の存在という観念」を持っているとは言えず、これではキリスト教会が、大衆に聖書的な神観を正しく伝えてこれたはずもありません。

調査したわけではありませんが、自分がいろんな地域の教会で信徒に接触した経験から言えば、現在の日本のキリスト教徒も、「絶対者」としての神観を自覚的に身につけている人はそう多くはないでしょう。なぜなら、聖書的神観の教育に関しては最も高いレベルの改革派教会も含め、あまりに「慈しみ深きイエスさま」中心すぎる傾向があるからです。

すなわち、人々の「神の愛」への異常なる執着は「神の絶対性」と(聖書的には整合するのですが情緒的には)矛盾するのです。日本のクリスチャンの多くはやさしいイエスさまに救われたくて教会に通うのであって、牧師の説教もイエスさまの愛をテーマにしゃべれば毎週でもOKなのです。逆に厳しい神様の言葉などが出てくる説教はクレームものなのです。そんなことで、どうして「絶対者」としての威厳ある「神」のイメージが浸透するでしょうか?

とにかく教会の「キリスト中心主義」は過剰であり、それもイエスの一面だけを都合よく切り取っているにすぎません。これに伴って「父なる神」の旧約的イメージも新約のイエスの「父よ」(アッバ)イメージに吸収されてしまったことが最大の問題です。その背景として遠藤周作氏や井上洋治司祭などの文学的信仰論があります。日本的キリスト教信仰は、北森嘉蔵氏の「神の痛みの神学」に代表される文学的・情緒的な傾向が強く(北森氏自身は哲学科出身とは言え哲学者より文芸評論家の方に近いようで)、哲学的・理性的な傾向を上回るように思えます。神学的には、両者は相補的であって然りでしょう。聖書の文書にはその両面があるからです。

とにかく、自然物・・・特に人間との区別が曖昧な存在を「神」とする環境に生きてきた日本人にとっては自然神学が合うのであり、カトリックが皇室や上流階層に入った理由も神道などと共鳴し得るところがあったのでしょう。すくなくとも啓示神学一本のプロテスタントよりかは受容されやすかったのではないでしょうか?啓示神学の立場から強調される「受肉」の教理、すなわち「神が人になった」という教えは日本社会では誤解のもとになります。イエスという人間を神として中心に据える贖罪福音主義の宣教においてまさに犠牲に供されたのは「子」なる神ではなく皮肉にも「父」なる神だったのです。西洋キリスト教の神(God)が本当に「絶対者」とか人間と「隔絶した超越者」といった存在としてイメージされてきたのであるなら、それは「三位一体」とは言え、「キリスト中心」ではなく「父神中心」であったということではないでしょうか?キリスト中心だったなら、そんなに超絶した存在としてイメージされなかっただろうから・・・。

唐突のようだが、ここで量義治氏の文言を引用します。

「従来、西洋においては神は絶対有であると考えられてきた。無神論はこのような絶対有としての神を否定してきた。神を絶対有として主張するのが有神論であるとすれば、有神論対無神論という構図も成り立ちえよう。しかしいまや、絶対者は単なる絶対有ではなくて、同時に絶対無であることが明らかになった。絶対者は単に絶対有であるという伝統的キリスト教的神観が誤りであるように、絶対者は単に絶対無であるという仏教的絶対者観も誤りである、と言わなければならない。神が単に絶対有であるならば、いかにしても三位一体論は成立しえない。神が絶対有にして絶対無であるということは、絶対有なる神が絶対無において在るということである。絶対有にして絶対無なる神は超越神であると同時に内在神でもあるのである。言い換えれば、単なる超越神でも単なる内在神でもない、ということである。神が絶対有にして同時に絶対無であるということは、単に神学上の問題に尽きない。同時に信仰上の問題でもあるのである。すなわち、神が絶対有にして絶対無であるということは、旧約聖書の義の神と新約聖書の愛の神とが同一の神であることを意味する。そして、この同一の神においては、義の審きと愛の赦しとが一つなのである。絶対者は単なる絶対有ではないように、単なる絶対無でもない。絶対無には超越性、他者性、人格性が欠如している。このことは具体的には無律法性と無責任性となって現れてくる。我-汝の関係という人格的は契約と律法を介して成り立つ。契約と律法なしには我-汝の関係という人格的関係は成り立たない。そして、人格的関係のないところには責任ということも成り立たない。」(~『宗教哲学入門』〔講談社学術文庫〕p292~293  濃色は管理人。)「絶対有」である「神」を「絶対無」にしてまで「三位一体論」を成立させなくてもよさそうなものだがなあ~と思います。そしてこの量という人物、その本の中で瀧澤克己氏の思想に触れてはいるものの、「不可分・不可同・不可逆」ということ、特に「不可逆」ということを学んではいないようなので、「神は超越神であると同時に内在神でもある」と言う場合に、「超越」が「内在」に先行するということを言えないので、プラスマイナスゼロで、結局、聖書的な超絶的神観を言えないのです。

 

以下、引用文中の赤色は管理人。

「『キリスト論的称号』を用いたイエスの位置づけばかりを強調すると、キリスト教にとってもっとも重要なのがイエスであるかのような誤解を生じさせてしまう。キリスト教の運動にとってもっとも重要なのは、もちろん神であり、そして神と人の関係であるところの『神の支配の現実』である。これとの関係で地上のイエスは一つの役割を果たしただけである。(中略)

また『キリスト論的称号』を用いたイエスの位置づけに限らず、エスを不用意に重視する立場キリスト教の流れの中にさまざまな形で生じている。いわゆる『キリスト中心主義』(christ-centriame)である。そして、イエスの重要性があまりに強調されているために、『キリスト中心主義』がなぜ問題視されねばならないかさえ分からない指導者も少なくない。」(加藤隆著『一神教の誕生 ユダヤ教からキリスト教へ』〔講談社現代新書〕p255~256)

ここで「神」と言われているのはいわゆる「三位一体」のそれではなく、「イエス・キリストの父」としての、ユダヤ教と共通する信仰対象の「神=ヤハウェ」です。

 

次に、日本のプロテスタント教会の神学思想史において唯一人、聖書主義福音信仰の立場からキリストを「神」と告白することに反論した信徒伝道者の小田切信男氏の言葉を引用します(※赤色は管理人)。

「私は日本においては一人の平信徒・伝道者として折々伝道上の証詞を致しますが、、たまたまYMCA目的条文の中に、あたかも、キリスト教というのは、イエス・キリストを神とする宗教であるといったような意味の条文を発見し、非常に問題を感じたのであります。日本の古い習慣から致しますと、優れた天皇とか英雄、将軍、あるいは聖人らは、死んだ後には、しばしば『神』として尊敬され、神社に祭られるものであります。それゆえ、もし歴史の人イエス・キリストを、あるいは甦ったのちのイエス・キリストを、『神』であると申しますと、日本的習慣からは、『活き神様』の思想にも近いものと考えられたり、(中略)このようなことは日本の宣教上からは大変問題であると存じます。(中略)聖書には、歴史の『人』を神とよぶ思想(活き神様)のないように、神が肉体をとって『歴史の人』となるという思想もまたないのであります。なぜなら『肉体を持つ神』というような神観は、ユダヤ的、キリスト教的神観にはないからであります。もし、そのような『神』があれば、その神は当然死に終る運命を持つわけであり、かかる『死ぬ神』といった『神』は異教の神ではあっても、決してキリスト教の『神』ではないのであります。」 (~『キリスト論・ドイツの旅』〔紀伊國屋書店〕p143~144/「神、人となれり」ということの否定については同書の31~32、124、134~135、161、344、358頁なども参照。)
 小田切氏は、昭和28年に上梓第三書となる『福音から見た神と人』を著し、「YMCA目的一部改正についての意見を同盟に提出するまでは、「神、人となれり」ということを聖書の教えとして認めていました。しかしその誤りに気づいて意見を訂正したのです(『キリストは神か(聖書のイエス・キリスト) ― 北森嘉蔵教授との討論を兼ねて ―』〔待辰堂書店〕p4~5参照)。

 「神学と呼ばれる世界の言葉の遊戯は『イエス・キリストのみが――全知なる神である』となって『父なる神』を見失ってしまっております。これは大変なことだと思います。」(小田切信男著『キリスト論・ドイツの旅』p263)

関連して島田裕巳著『キリスト教入門』(扶桑社新書)より引用します。 内容的には宗教学者とはいえ門外感がありますが、日本の一般知識人のキリスト教に対する見方として参考になります。
「本来一つであるはずの神が異なる三つの姿をとるということは、キリスト教多神教の方向へむかわせていく要因となっていきます。しかも、この世界を創造したとはいうものの、直接世界に働きかけてこない父なる神は、後景に退いていかざるを得ません。それに代わって前面に出てきたのがイエス・キリストです。(中略)聖霊にかんしては、後のキリスト教美術では、鳩など特有のシンボルで表現されることになりますが、基本的にはっきりとした形をとりませんから、ますますイエスが前面に出てくることになりました。」( p103~105)